ファイナンスの歴史を作った偉大な論文をまとめてみた
名前や理論自体は知っていても、いつどのように出現したのか知らないなぁと思い、ファイナンスの歴史を推し進めた、偉大な論文をここで整理して、ちまちまと読んでいこうと思います。ちなみに、引用元の数字はGoogle scholerを元にしており*1、その論文がどれだけの論文に引用されているかを表しています。個人的な関心にかなり引っ張られているので、ここに無いけど大変重要な論文もあるので気を付けてください。
投機の理論(1990)
Bachelier, L. (1900). Théorie de la spéculation. Gauthier-Villars. (引用元 3437)
悲劇の経済学者、ルイス・バシュリエです。彼の博士論文であり、英訳は「Theory of Speculation」。誰よりも先駆けて、ブラウン運動を用いて株価の予想をした人であり、金融に数学を持ち込んだ第一人者。アインシュタインよりも先にブラウン運動に関して発見している(しかし、ブラウン運動自体は1980年にThorvald N. Thieleという人が言及している。)当時のスーパーバイザーの評価は悪くなく、オリジナリティに溢れる、との評価を貰っていたが、金融と数学という組み合わせが余りにも異端だったが為に、学者としての生涯は決して華々しいものでは無かった。時代の先を行き過ぎた不遇の天才。
ポートフォリオ理論(1952)
Markowitz, H. (1952). Portfolio selection*. The journal of finance, 7(1), 77-91. (引用元 18826)
リターンにしか着目してなかったポートフォリオ理論に対して、「標準偏差をリスクの指標にしようぜ」と言って、現代のポートフォリオ理論を確立した博士論文の改訂版。経済学としてどうなの、として必ずしも博士課程の審査の時のウケは良い物でも無かった。ちなみに、彼よりも前に同様の論文がヨーロッパで出ていたが、英語じゃなかった為に埋もれていた。彼はこれでノーベル賞を受賞。
MM理論(1958)
Modigliani, F., & Miller, M. H. (1958). The cost of capital, corporation finance and the theory of investment. The American economic review, 261-297. (引用元 13697)
「企業が資金を集める手段として、株式を発行しようが負債を借りようが、企業価値には影響が無いよ」というのがこの理論。これでノーベル賞を貰っているが、その時の説明はとても明確、「ピザを切り分ける時に、どのような切り方をしてもピザの総量は変わらない。」でも、現実の企業はピザでは無いので、この理論は様々な過程の元でないと成り立たない。この2人もノーベル賞を受賞。
CAPM理論(1964)
Treynor, J. L. (1961). Market value, time, and risk. Unpublished manuscript, 95-209. (引用元 117)
Sharpe, W. F. (1964). Capital asset prices: A theory of market equilibrium under conditions of risk*. The journal of finance, 19(3), 425-442. (引用元 13525)
Lintner, J. (1965). The valuation of risk assets and the selection of risky investments in stock portfolios and capital budgets. The review of economics and statistics, 13-37. (引用元 8187)
Mossin, J. (1966). Equilibrium in a capital asset market. Econometrica: Journal of the econometric society, 768-783. (引用元 4055)
株のリスクを市場の動きから予測しようとしたのがCAPM理論。この理論で一番有名であり、ノーベル賞も貰っているのが上から2番目のウィリアム・シャープ。しかしながら、他に3人も独立して同様の事を考えていた。しかし、保険市場に関してだったりと、微妙に使いづらい理論だった為に、一番株式市場にうまくフォーカスを当てていたシャープが有名になった、模様。
ちなみに、マーコヴィッツからCAPMへの橋渡しとして、以下の論文も大切。
Tobin, J. (1958). Liquidity preference as behavior towards risk. The review of economic studies, 65-86. (引用元4572)
効率的市場仮説(1970)
Fama, E. F. (1970). Efficient capital markets: A review of theory and empirical work*. The journal of Finance, 25(2), 383-417. (引用元 13466)
「株価というのは市場に出回っている全ての情報を折り込んでいるよ」という理論。その度合いは3段階(ストロング・セミストロング・ウィーク)に分かれている。Fama-Frenchの3ファクターモデルでFamaは有名だけど、彼のノーベル賞受賞の理由はこっちの成果。
レバードβ(1971)
Hamada, R. S. (1972). The effect of the firm's capital structure on the systematic risk of common stocks. The Journal of Finance, 27(2), 435-452. (引用元 903)
アナリストの勉強をした事のある人なら誰でも知っている、レバードβの求め方を考えたのがハマダさん。
これは、企業の財務リスクを事業リスクから切り離す手法。つまり、負債の無い状態のβから、負債のある状態のβを求めるのがこれ。これを応用する事で、非上場の会社のベータを求める事が出来るので、バリュエーションの世界では大流行り。ちなみに、ハマダさんなので日本人だと思いきや、日系3世。それでも、日系の血がレバードβを考えたと思うと、感慨深い。
ブラック・ショールズ方程式(1973)
Black, F., & Scholes, M. (1973). The pricing of options and corporate liabilities.The journal of political economy, 637-654. (引用元 25538)
かの有名なブラック・ショールズ方程式。ブラック・ショールズ・マートン方程式と書かれることもある。株価をよく分からない複雑な何かでコネコネして求めましょう、というのがこの方程式。その中枢には「伊藤の補題」というのも関わっているので、デリバティブの教科書にはItoの名前が必ず出てくる。ちなみに、ショールズとマートンはノーベル賞を貰ったが、ブラックの方は先に没してしまったので、残念ながら貰えなかった。
プリンシバル-エージェント問題(1973)
Ross, S. A. (1973). The economic theory of agency: The principal's problem.The American Economic Review, 134-139. (引用元 3828)
「経営陣と投資家で軋轢が起こるで」という理論。組織の経済学やコーポレートファイナンスでは大切な理論。「経営者は自分のお金じゃないのでリスクを追いたがるが、債権者はリターンが固定されている為に、安全に経営してほしい」と、お互いに関心が違うので、うまくガバナンスしないと企業は機能しないよ、ということ。ちないに、イスラム金融ではこれがむっちゃ問題となっている。
リアルオプション(1977)
Myers, S. C. (1977). Determinants of corporate borrowing. Journal of financial economics, 5(2), 147-175. (引用元 9552)
「未来の選択肢には価値があるよ」というのがリアルオプションであり、この概念に名前を始めたのがMyers。彼の事はMBAで大好評の教科書「Principle of Corporate Finance(邦題:コーポレートファイナンス)」の共著者として知っている人は大勢いると思うのだけど、こんなに凄い事をやっていたとは存じなかった。ちなみに、APVやペッキング・オーダー理論もこの人。実は凄い。
プロスペクト理論(1979)
Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect theory: An analysis of decision under risk. Econometrica: Journal of the Econometric Society, 263-291. (引用元 30278)
「人は不合理であり、リターンとリスクは同じ尺度で測れない」というのを示したのがこの二人。とても仲が良い。カーネマンはノーベル賞を貰ったが、トベルスキーは先に没してしまっていたので貰えなかった。引用数が3万越えと、恐ろしい程に大人気。
ペッキング・オーダー理論(1984)
Myers, S. C., & Majluf, N. S. (1984). Corporate financing and investment decisions when firms have information that investors do not have. Journal of financial economics, 13(2), 187-221. (引用元 13081)
「経営者は自己資金・株主資本・負債の順で使いたがるよ、だって自分達の自由に出来るから」というのがこの理論。言われてみればその通り。
ファマ‐フレンチの3ファクターモデル(1993)
Fama, E. F., & French, K. R. (1993). Common risk factors in the returns on stocks and bonds. Journal of financial economics, 33(1), 3-56. (引用元 13210)
Fama, E. F., & French, K. R. (1996). Multifactor explanations of asset pricing anomalies. The journal of finance, 51(1), 55-84. (引用元 4749)
CAPM理論じゃちっとも予測出来ないよ、という事で実証分析が大好きなFamaとFrenchが「投資収益率と株価純資産倍率の2つのファクターを加えたら、予測精度が上がったよ」と発表したのがこの論文。理論的な裏付けは出来ていないが、予測精度が高まっちゃっているのでぐうの音も出ないのがこのモデルの凄いところ。
*1:数字は2014年9月23日現在
機会費用という考え方
ここでは、経済学やファイナンスで出てくる機会費用(Opportunity Cost)という考え方で世界を見てみたいと思います。
機会費用とは、「複数の選択肢があった時に、選ばれなかった選択肢の利得を費用とする」といったものです。つまり、100円のスニッカーズと80円のミルキーウェイがあった時に、スニッカーズを選んだ場合「80円の機会費用を払った」と考えます。
お笑い経済学者のバウマンはこの事を面白おかしく「選択は悪」としていますが*1、そう考えちゃうと少し違う気もします。要は、選ばなかった選択肢の事も考えようね、という事なんだと思います。
新卒時に、私は早期入社をし、同級生は通常の4月入社をしました。その時に彼女に使った例えを使って考えていきます。
まず、9月入社と翌年4月入社では何が違うでしょうか。「最後の長期休みを楽しみたい」と4月入社を選択する人が多い気がします。それは正しいのでしょうか。実際は以下のような利得が各選択肢あるはずです。
- 9月入社:7か月分の給料、経験や社員間のコミュニケーション。12月や正月を一回余分に社員の方々と経験する事が出来る。
- 4月入社:長期休みを若い時に経験する事が出来る。
あれ!!4月入社ってこれだけ!?
新卒の月収が20万円だったとしたら、140万円+掛け替えのない経験etcと4月までの長期休みを天秤にかけるという事になります。月収が30万だと210万+αで休みを買う事になります。月収が50万だと350万+α!!
お金で幸せは買えないと世間では叫ばれていますが、それでも高い買い物です。
更にいうと、4月入社のときの7か月というのは尻尾の部分、つまり定年付近の年月が7か月分目減りするという事ですから、月収は定年付近での月収で計算するべきです。そうなると、この長期休みというのは本当に掛け値なしの価値になってしまいそうです。
それだけの価値がある!と同級生であり同僚の女の子は叫んでいましたが、私はどうしても早期入社という選択肢が魅力的に映ってしまいました。
機会費用という考え方は、私達に「他の選択肢から得られる効用もしっかり考えよう」という事を教えてくれます。
目先の選択肢のみを吟味するのではなく、他の選択肢全てと戦わせて、一番利得の大きい選択肢を取ることが大事ということですね。
埋没費用という考え方
経済学やファイナンスを使って世界を見ると、結構役に立つもんだなぁ、としみじみ思います。その一端を紹介していきたいと思います。そんな言葉知ってるよ、と言わずに、是非ともお付き合い下さい。
まず、食べ放題に行ったら、皆さんは元を取るべく死ぬほど食べるでしょうか。それとも、腹八分目で済ましておくでしょうか。
また、バスの1ヵ月乗車券を買ったら、ひたすら歩かずにバスを使うでしょうか。
英会話学校に月謝を払ったら、死んでも休まず行くべきでしょうか。
埋没費用(Sunk cost)という概念で考えてみたいと思います。
ちなみに、埋没費用とは「昔の出費」のことです。もう出費してしまって、埋まっちゃってるから、帰ってこない費用です。
経済学やファイナンスでは、「昔の出費/投資に捕らわれずに、効用が最大になる*1意思決定をしよう」というのが一般的です。
では、食べ放題の文脈ではどうなるでしょうか。
料金は固定されており、いくら食べようが食べなかろうが同じです。
だったら沢山食べた方がお得じゃん!という声が聞こえてきそうですが、そうとも限りません。要は、「効用が最大になる」選択肢を選ぶのが正解なのです。
元を取る為に吐くまで食べて、結局気持ち悪くなるならば、腹八分目に押さえて幸せに帰るのが良いですし、高い物(肉)を食べ続けるよりも食べたい物(デザート)を食べ続ける方が正解です。もちろん「死ぬほど食べた結果、元を取れた気分になって最高!」という方はこの選択肢を選ぶべきです。
では、バスの乗り放題券ではどうなるでしょうか。
最初に券を買ってしまえば、乗ろうが乗らなかろうが同じです。10回乗れば元を取れる、と考えても、料金が帰ってくる訳ではありません。であるならば、どう考えるのが正解でしょうか。もちろん、自分が幸せになる選択肢を選ぶべきであり、過去の出費に捕らわれてはいけない、とファイナンスでは考えます。
健康の為に歩きたいなぁ、と思ったら歩くべきだし、歩いた方が早ければバスは使いません。
英会話学校ではどうでしょうか。もちろん、夢を掴みとる為にも休まずに行くべきです。しかし、行く事自体にストレスを感じていたり、たまにはリフレッシュをする事で効率が良くなるならば、休む選択肢のが賢いということになります。行った結果得る勉強量と、休んだ結果得られる安らぎを天秤に掛けるべきであり、月謝は眼中に入れてはいけないという事ですね。
上の二つは極論であり、埋没費用なぞ考えなくても良いのかもしれません。しかし、例えば、ギャンブルで大金を注ぎ込んでいる時はどうでしょうか。損した分を取り戻そうと躍起になり、泥沼にはまってはいかないでしょうか。損切する事こそが一番の得になる事もあります。
埋没費用という考え方は私達に「過去に捕らわれず、たった今から手に入る嬉しさだけを考えよう。その選択肢を選ぼう。」という事を教えてくれます。
人間は合理的な存在ではありませんが、この考え方をもって意思決定をすると、意外に開き直った選択をする事が出来る様になると思うのです。是非、皆さんも埋没費用に捕らわれない意思決定を心がけてみてください。
*1:要は一番得になる
大学院留学で学んだ一番大切な事
ごく普通の高校と大学を卒業した私が、就職じゃなく、大学院留学を志した理由は英語や知識といったハードスキルの向上でした。世間の第一線で活躍している方々と比べ、人生24年間で積み上げてきた量と質が圧倒的に劣っていると痛感したからです。
そして実際に通ってみて、確かに英語はある程度しゃべれるようになったし、机上の空論も多少は身につきました。しかし、本当にここで学んだことは、もっと曖昧なものでした。
私が学んだ一番大切な事は、違うことが素敵、ということです。
横浜の元町中華街で育った私は、多様性に恵まれてる環境に育ったと思いますし、人と違う行動(≒ニッチ)に価値観を見出しています。
それでも、ここまで様々な国籍に囲まれるのは初めてでしたし、私の価値観の物差しが日本式に調整されているのを痛感しました。
自分のスキルアップの為にと、金融討論会を設立して毎週ディスカッションとプレゼンをクラスメイトとやっていましたが、見当外れでも何でもとにかく喋ってみる人達*1や、時間の概念が薄い人達*2、あまり学問に関心が無い人達*3、あまり他人に関心を持たない人々*4などなど、グループになるとフラストレーションが溜まることも多かったです。
そんな時に気付いたのが、自分の物差しで他人を測っていた、という事です。
とにかく喋る人達は、先に言葉にする大切さを知っている人達でしたし、だからこそ、面白い角度から喋りだすこともありました。また、議論が活発になることは間違いありません。時間にルーズな人達は、いつも心が豊かで、焦っている自分の心を平らにしてくれました。学問に関心が無いのに院に進学したからって、彼らには帰ってからもある程度約束された未来があります。そんな彼らは街のオモシロスポットを熟知しています。他人への関心が低い人を相手にすると、いかにその人の興味を引き出すか、とても考えさせられます。
違うからこそ大変ですが、そこは無理に合わせなくて良かったことに気付きました*5。常識なんて人の数だけあります。
自分の物差しを相手に押し付けず、相手の物差しを使って世界を見てみる、これだけのことで、自分の世界が一気に広がった気がしました。そんな世界は今までと違くて、とても素敵でした。また、何でこう考えるのだろう、何でこうするのだろう、と普段は思いもしないことを考えるのもとても楽しいし、勉強になりました。
違う価値観だからこそ見える、違う世界があるはずです。そんな世界を覗きたくはありませんか。そんな時は、価値観の違う人、そりの合わない人と真摯に向き合ってみてください。その人は、(いくら気が合わなくても、嫌な奴でも)自分の価値観を押し広げてくれる、そんなきっかけとなってくれるに違いありません。
ロビン・ウィリアムズ『いまを生きる』
私はロビン・ウィリアムズ氏の『いまを生きる』が大好きで、原著の『Dead poets society』をトイレに常備し、たまにパラパラ読んでいます。
先日、ロビン・ウィリアムズ氏の悲報を受け、久々にYoutubeで『いまを生きる』の動画をしんみり見ていたのですが、皆さんと彼の映画の素晴らしさを共有したく、今日はいくつかの場面を紹介したいと思います*1。以下ではネタバレがあるので、まだ未見の方は注意して下さい。
①『RIP IT OUT!!!』
What will your verse be? - YouTube
主人公のキーディングは英語(国語)担当の新任先生ですが、学問という枠に縛られた授業や生き方を否定し、皆の人生の在り方を変えていきます。
そんな彼の最初の『奇行』が、お偉い教授による定量的な詩の評価に関するページを教科書から破かせるシーンです。
この行為はとてもロマンに溢れており、受験勉強でとにかく点数を取る勉強をしてきた私にはとても感銘を受けました。これは、灘高校の故橋本武先生による、中学3年間を費やして1冊の『銀の匙』を読む国語の授業に近い考え方ですね。この映画を見てkから、ファイナンスを勉強するにしても、その背景にあるロマンに心をときめかせる様になってしまいました。ちなみに、キーディングのこの行為に胸を焦がした若かりし頃の私は、集団塾のバイトで同様の行為を生徒に行い、授業は史上類を見ないほどの盛り上がりを見せた後、室長から厳重注意をされました。
②『Language was developed for one endever... That is... To woo women!!』③『we must constantly force ourselves to look at things differently』
Dead Poets Society (3-rd lesson, look at things ...
前半は、言語が発達した理由は『女性に求婚する為だよ』と語りかけるキーディングがあまりにもオシャレです。しかし、更にたまらないのが、後半のキーディングが机を上るシーンです。
『何で机に上っていると思う?物事をいつも違う角度で見るよう忘れない為だよ。』
この考え方は、スティーブジョブズの『Think different』*2に通じるものがあるように思います。目の前にあるものを、そのまま受け取ったのではこの世の中では価値が出てきませんし、第一おもしろくも何ともありません。人と違うって素敵です。
ちなみに、この映画に完璧にかぶれてしまった若かりし頃の私は、集団塾のバイトで『机の上から周りを見渡して見る』という行為を授業中に行い、塾長に大いに叱られた苦い記憶があります。
④『This desk set wants to fly』
Dead Poets Society - This desk set wants to fly ...
子供に関心の無い両親から、昨年と同じデスクセットを友達(トッド)が貰って、嘆いていました。そんな彼に、ペリー少年は『感じるだろ。このデスクセット、空を飛びたいみたいだ...』と言って、トッドに投げさせちゃいます。そして『心配無いさ、また来年買って貰えるさ』と、ポジティブに慰めます。
一緒になって悲しむのも大事ですが、一緒に辛い気分を吹き飛ばしちゃう、そんな人になりたいなぁ、と痛感するシーンです。
⑤『Oh Captain, My Captain』
Dead Poets Society.MP4 - YouTube
色々ありましたが、映画はこのシーンで幕を閉じます。破天荒なやり方で生徒の生き方を変えていくキーディンクですが、彼を良く思っていない校長達は、生徒の起こした事件の責任という事で、彼を辞任させてしまいます。それに対し、今まで引っ込み思案だったトッドが自らの意思で校長に噛みつき、周りの生徒を巻き込んでいく、そんなシーンです。
とても感動的であり*3、キーディングの行為が生徒の心持ちを変えていた事がわかるシーンでもあります。
しかし、現にキーディングは世の中の構造に敗北して辞任しますし、トッドの勇気に賛同せず、椅子に座りっぱなしの生徒が何人もいます。この辺りがとてもリアルであり、この映画をまるまる鵜呑みにするべきでも無い、と現実に引き戻す役目を果たしている、そんなシーンでもあるように感じます。
それでも、やはり世間に対してクリティカルに、そしてロマン溢れる、そんな視点でこれから生きていこう、そうワクワクさせてくれる素敵な映画です。
(金融)「長期投資は素晴らしい」って本当?
投資信託や株式運用に触れていると必ず登場するのが「長期投資」に関してです。そして、運用会社や入門書では長期投資は良い物として扱っています。
例えば、以下の本は題名からズバリです。
また、
この本はコーポレートファイナンスの入門として、ブリーリー・マイヤーズの「コーポレートファイナンス上下」への取っ掛かりとして、最適な書籍なのですが、それでもこんな図がありました。
他にも、かの有名なマルキール「ウォール街のランダム・ウォーカー」にも、
『投資対象を保有し続けられる期間が長ければ長いほど、ポートフォリオに占める株式の割合を高めるべき』
との記述があります*1
たしかに、『長期で保有していれば、マイナスな時もあればプラスの時もあり、平均すればプラマイ0の低リスクが実現する』と言われれば、納得しそうになります。*2
では、果たして長期投資は良いことなのでしょうか?
時間分散の誤謬
結論から言うと、間違いです。
細かい理論に関しては、
- Zvi Bodie (1995) "ON THE RISK OF STOCKS IN THE LONG RUN", the Financial Analysts Journal, p.18-22
- 浅野幸弘 「リスクの時間分散効果」
上記のペーパーが分かりやすいです。Zvi教授の論文はこの分野を切り開いた論文です。また、Zvi教授の書いた下の教科書達にも同様のことが言及されています。
- 作者: ツヴィ・ボディー,アレックス・ケイン,アラン・J・マーカス,平木多賀人,伊藤彰敏,竹澤直哉,山崎亮,辻本臣哉
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↑のp. 197
- 作者: ツヴィ・ボディ,アレックス・ケイン,アラン・J・マーカス,堀内昭義
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↑の p.268*3
以上を参照して貰えれば、理論的にしっかり反論されているので、ここでは分かりやすく噛み砕いて説明してみます。
コインゲーム
表が出たら1万円、裏が出たら-1万円のコインゲームを仮定します。
この時、何回も繰り返して行った結果、下図のようになったとします。
右側に注目して貰うと、最初の頃は表の出る確率にバラつきが見られますが、回数を重ねていくことで期待値である50%に近づいている*4のが分かります。一見するとプラマイ0になっているように考えてしまいそうですが、取得金額を見ると、大変なことになっていることに気付きます。
図にすると、こんな感じです。
最初の頃は①の幅しか結果がぶれませんでしたが、3回やると②の幅にまで可能性が膨らみました。回数(年数)を重ねれば重ねるほど損をしていく可能性も増えていくという事ですね。
このように、よく考えたら当たり前のように間違っている理論も、平然とこの世にまかり通っています。知らないと騙されるので、気を付けてください。
*1:しかし、大御所マルキールがこのような間違いをずっと放っておくのも変ですし、この場合は国債との比較優位での文脈ともとれます。
*2:ちなみに、先輩に呼ばれた大学時代の合コンに信託勤めの女性がおり、朝方のカラオケで長期分散について熱く語られたことがあります。その時に、待ってました!とばかりに、標準偏差と標準誤差の違いから淡々と反論してしまい、大変ひかれてしまった思い出があります。「すごーい!って言われる事を期待していたのですが、人々は論理だけでなく、感情で動く生き物なのでした...
*3:これは上記の本の第2版なので、同じ事に触れているのは不思議ではないのですが、時間分散に関する付録が最新版では削られてしまっているので、少し古くても、こちらの方に目を通すのをおすすめします。和訳もこちらの方が分かりやすいですし。
*4:ご存知、大数の法則です
(データ分析)イベント・スタディ ~ イベントが企業価値に与える影響を計る~
今日は、Fama, Fisher, Jensen and Roll (1969)*1にて使用されてから、ファイナンスの実証分析での地位を確立したイベントスタディ(Event study)の要点を整理していきます。
これは、不祥事やリーマンショック等、何かイベントが発生した際の企業価値への影響を調べたい、そんな時に使われます。
例えば、以下のように。
方法論
では、どのように計測するのか。簡単に言えば、『実際に起こった状態』と『起こらなかった状態』を比べてやればいいんです。しかし、『起こらなかった状態』は現実には観測出来ないので、過去のデータから推定してやります。
この際、企業価値の変動は株価の変動で測ります*5
具体的には
- 影響を与える期間を設定する
- 推定するモデルを決めて、『起こらなかった状態』を推定する
- 『実際に起こった状態』と2. を比較する
- 仮説検定する
- 解釈する
の5ステップです。
1. 影響を与える期間を設定する
ここでは、推定ウィンドウ/イベントウィンドウと呼ばれる、推定する為の期間と、イベントの影響のある(=比較する期間)を決めてやります。よく見るのは、イベントウィンドウがイベント日を含む前後2日(合計3日)で、推定ウィンドウはそれより180日前まで。
2. 推定するモデルを決めて、『起こらなかった状態』を推定する
3.『実際に起こった状態』と2. を比較する
通常ではマーケットモデルと呼ばれるモデルを使用します。要は、y=ax+bに株価をあてはめて、過去の株価から推定しましょう、というものです。
推定するモデルは、Fama-Frenchの3ファクターモデル*6が良い気もするのですが*7、意外にも単回帰モデルを使っている論文が多いように見受けられます。
以下は、3ファクターモデルでの例です。影響の大きさを代替しているのが『累積アブノーマルリターンCAR』です。
この時、ARを標準偏差で割って、調整しているものも散見します。そうする事で、各異常値を標準化することが出来ます。
一見複雑そうに見えますが、Excelの重回帰分析を(1)にしてやり、αハット等を求め、(2),(3)をしてやるだけです。
4. 仮説検定する
ここでは、異常リターンが実は0なんじゃないか、という帰無仮説に沿って検定します。具体的には、イベントウィンドウにおける異常リターンの分散を出して、イベントウィンドウの日数だけ掛けてやる。そして、CAR/標準偏差=t として、t検定を行います。
5. 解釈する
イベントスタディで求めた累積アブノーマルリターン(CAR)は企業価値への影響として解釈することが出来ます。例えば、イスラム債権(Sukuk)を発行した企業のCARがマイナスであれば、イスラム債権の発行は企業価値に対して負の影響がある、と結論づける事が出来ます。
しかし、株価というのは市場がつけるものだと考えられます。なので、これは私の勝手な解釈であり、本質的には同じことですが、市場がどのように反応したかの代替変数として解釈したほうがしっくりくる気がするのです。
補足
市場がウィークフォームであってもイベント・スタディは有効だそうです。*8つまり、ある程度市場が非効率だとしても、イベントスタディは使えるという事です。そういった意味では、結構パワフルな分析ツールと言えます。
*1:Fama, E., L. Fisher, M. Jensen and R. Roll, 1969, “The adjustment of stock prices to new information,” International Economic Review 10, 1-21.
*2:Turk-Ariss, R., & Weill, L. (2013). Sukuk vs. Conventional Bonds: A Stock Market Perspective. Journal of Comparative Economics.
*3:松尾浩之、山本健 (2006)、「日本のM&A -イベント・スタディによる実証研究-」 経済経営研究 Vol.26, No.6
*4:小佐野広、堀敬一 (2006)、企業の不祥事と株価パフォーマンス、Research Paper No. 05006、立命館大学ファイナンス研究センターや、Hoffer, G.E., S.W. Pruitt, and R.J. Reilly (1988), “The Impact of Product Recalls on the Wealth of Sellers: A Reexamination,” Journal of Political Economy, Vol. 96, 663-670.
*5:これは、株式時価総額は企業価値を表している、というコーポレートファイナンスの大前提に寄っています。
*6:詳しくはFama, E. F and E.R. French (1996), “Multifactor Explanations of Asset Pricing Anomalies,” Journal of Finance, Vol.51, 55-84.を参照
*7:規模と簿価時価比率の要因を追加することで、通常使用される市場モデルよりも当てはまりが強いと言われている(Bodie, Z., A. Kane and A.J. Marcus (2009), “Investments 8th edition,” McGraw Hill Education (邦題「インベストメント」 日本経済新聞社
*8:Brown, S.J., and Warner, J.B. (1980), “Measuring Security Price Performance ”Journal of Financial Economics(8) 205-258